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MATSUDA, Tetsuo ( 1945 –

松田 鉄雄 (1945-    )

1945年5月1日 秋田県生まれ。

山で育ち、朝鮮戦争の影響でみんな貧しく、暇があれば百姓のお手伝い。

兄から冗談半分で「高校に受かったら行っていい」と言われ受けてみたら合格。松田氏は、今思えばここが一つの分岐点で、高校に行ってなかったら製作はしてないと言ってました。

高校卒業後に上京、兄の紹介で土方で2年間働く。その時の親方(茶位ギター)がヴァイオリンを作っていたため教えてもらう。しかしヴァイオリンは売れず、ギターばかり作って生計をたてていた。クラシック音楽に興味が出たのは一緒に暮らしていた兄が聴いていたため。

1965年より11年間にわたり、ギター及びバイオリン製作の基礎を学ぶが、親方が独学であったためいずれ本場に行くと決めていた。

タイミングは分かりませんが、白川総業でSergio Peressonを頑張って購入し、製作の見本にしていたようです。

1977年イタリアに渡り、クレモナバイオリン製作学校に入学。 当時、各国から70人ほど集まっていたが日本人は3人のみ。語学の勉強は全くせずに製作に打ち込んだ。

※79年製作のStrad Modelのフルバーニッシュが展示されてましたが、今見てもすごく綺麗な作品でした。白川会長のコレクションで当時購入したもの。

1981年卒業。卒業後に同級生がアメリカに行くと聞き、付いて行った。理由としては、名器を見る機会がほしかったため。まずBein and Fushiに入りたかったが断られ、2年後にシカゴのW.H.Lee社に入社。助手を2人従えて年間30-40本製作。H.Lee社に10年居た間にBein and FushiからOldのコピーを依頼されたりして名器を見る機会が増えていった。

1993年独立。リペアは一切しないで製作のみと決意をする。

現在のアンティーク仕上げに行きついた理由として、本物そっくりのイミテーションは製作していて飽きがくるため。アンティークの方法は、昔はフルバーニッシュで仕上げた後にニスにダメージを付けていく方法。現在は最初からアンティークにする。エアブラシを使い、乾ききる前にキズを付ける。を繰り返す。ニスを塗る順番は裏板を仕上げてから表板を仕上げ、横板と完全に別個で仕上げる。

材はアメリカ産。

メイプルはミシガン州の北のほうで取れ、年輪が広く冬目が大きい。その中でなるべく冬目の狭いものを選ぶ。エンゲルマンスプルースは年輪が柔らかい。やや厚めを持たせるように意識。

乾燥は新しいもので10年以上、古いもので80年以上のもの。

材のこだわりとして比重を図る。

バケツに水を入れて材を沈め、沈んだ平均値÷全体の長さでおおよその値を出す。

あくまでも目安で、比重が高くても固いとは限らない。作ってみると柔らかいことも多々。

松田さんは凄く物腰が柔らかい方で、現在も製作方法や音に関して「これが一番良い」とは決めつけられないとのこと。シカゴで近くに良い人がいれば、プレイヤーと製作家のタイアップを望んでいるようです。

1981年 ヴィニアウスキー国際バイオリン製作者コンクール第5位 

1982年 A.ストラディヴァリ国際バイオリン製作者コンクール(クレモナ) 

バイオリン部門 第2位 銀メダル 

ビオラ部門  第2位 銀メダル 

1984年 U.S.A国際バイオリン製作者コンクール 

バイオリン部門 金メダル 

ビオラ部門 金メダル