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SDERCI, Iginio (1884-1983)

イジーノ・スデルチ

https://tarisio.com/cozio-archive/browse-the-archive/makers/maker/?Maker_ID=670

📷Liuteria Italiana Moderna

Great Italian Violinmaking(Artemio Versari) Pag.220

Iginio Sderci

Violin maker
(maker: 1884 – 1983)

Trained by Leandro Bisiach in Florence, Iginio Sderci became an important collaborator for the Bisiach family. He moved to Milan to work for Leandro, later returning to establish himself in Florence. He also made instruments in the white for Carlo Bisiach, who was based in Florence. Sderci was highly prolific, turning out over 700 instruments, most of them on Stradivari or Guarneri models.

Iginio Sderci
バイオリンメーカー
(メーカー:1884から1983)

フィレンツェのレアンドロBisiachによって訓練、Iginio SderciはBisiachの家族のための重要な協力者となりました。彼は後にフィレンツェで自分自身を確立するために戻って、レアンドロのために働くためにミ​​ラノに移動しました。彼はまた、フィレンツェに基づいていたカルロBisiach、ために白で楽器を作りました。Sderciは、ストラディヴァリやグァルネリモデルに、700の楽器の上にそれらのほとんどを回し、非常に多作でした。

Igino Sderci
Firenze; 1884-1983
(イジーノ・ズデルチ)

20世紀に Firenze で製作を行っていた最も重要な製作者の一人。当初は彫刻を学んでおり、弦楽器は独学で製作したと言われる。やがて Leandro Bisiach からその才能を高く評価され、1917年から Milano の Leandro Bisiach の工房で働きはじめる。これ以降、 Bisiach 一族との関わりが深く、一族の長 Leandro の為に多数の弦楽器を製作しただけでなく、 Carlo 、Giacomo 、 Leandro Jr. 等その息子達とも協力関係を継続し、彼らの後見人とも言える存在だった。 Sderci は当代の一大勢力である Milano スクールの一員である。

1930年には故郷 Firenze に戻り独立するが、自身の作品として弦楽器を製作する傍ら、先述の通り Leandro Bisiach や、その事業を継承した Giacomo と Leandro Jr. 、また、同じ Firenze の地で工房を構えていた Carlo の為にも弦楽器を製作していた。1937年と1949年には Cremona の展示会で金賞を受賞している。多作家であり、ヴァイオリンとヴィオラを合わせて700本程度を製作したと言われている。チェロを製作しなかった(ヴァイオリンの数倍の手間が掛かる。1本だけ製作したらしい)ことも多作の要因であろう。

なお、 Sderci の手が入った作品であっても、 Leandro Bisiach の工房から世に出たものは Leandro Bisiach として扱われる。 Giacomo & Leandro Bisiach 、 Carlo Bisiach の工房についても同様である。そうした作品は、材料やニスが各工房独自のものであったり、Sderci 以外の手も入っている場合があるので、純粋に Sderci 作と切り分けるのは困難であるが、 Sderci の特徴は強く出るのでわかりやすいのも事実である。ある意味 Sderci の作品は、Bisiach ファミリーの著名作品の同等品が割安に入手できる『お買い得品』という考え方もできる。