https://tarisio.com/cozio-archive/browse-the-archive/makers/maker/?Maker_ID=53
1907年 ナポリ生まれ。
父親のリッカルド(Riccardo Bellarosa 1871-1941)はガリアーノ(Gagliano)やポスティリオーネ(Vincenzo Postiglione 1877-1927)の工房で製作を勉強した修理・修復、鑑定を得意とする楽器職人でした。
ヴィットーリオは、1922年(15歳)にモリーゼ州のロテッロ(Rotello)でヴィト・ヴィタントーニオ(Vito Vitantonio 1900-1946)に師事し、1925年(18歳)には6カ月間ミッテンバルドで勉強して、その後ローマ(Roma)でルドルフォ・フレディ(Rodolfo Fredi 1861-1950)からも製作を学びました。
1927年(20歳)までに50台もヴァイオリンを製作したとされています。
その後、弟のエットーレ(Ettore Bellarosa ?-?)と共にミラノで工房を開こうとしばらく滞在しますが、結局実現せずに1930年頃にナポリに戻ります。
当初はコピーした楽器にガリアーノのラベルを貼っていましたが、1945年頃から自身のラベルを貼った楽器を作り出し、アルコールとオイルのどちらも使ったオレンジからレッド-ブラウンのニスを塗り、生涯に1000本以上の楽器を製作しました。
1954年までの楽器にはタツノオトシゴの焼印が押されている物もあります。
同じナポリの弦楽器職人であるピストゥッチ(Giovanni Pistucci 1864-1955)とはニス塗りの仕事を任されるほど親密な関係を築き、1955年にピストゥッチが亡くなると、彼の工房の楽器と道具類を引き継ぎました。
いくつかのビオラと3台のコントラバスは確認されていますが、チェロは製作していないようです。
事実上ヴィットーリオが、アレッサンド・ガリアーノ(Alessandro Gagliano w.1700-1730)から続く真正ナポリ派の最後のヴァイオリン職人となりました。
1979年(72歳) ナポリで死去。
Neapolitan maker Vittorio Bellarosa studied with his father Riccardo and with Rodolfo Fredi in Italy and also trained in Mittenwald. His preferred model seems to have been Gagliano. The varnish is generally orange or yellow-rose in color.